むくみについて

 最近のはーとだよりはサッカーの話題が多かったため、そろそろ私の専門分野がサッカーと間違われそうですので今回は久しぶりに医療についてお話ししたいと思います。テーマは、訴えられる患者さんが結構多い「むくみ」です。
むくみがあると心臓や腎臓の病気を心配される方が多いですが、実際はその原因は多岐に渡り、診療において考えることも多く、非常に奥の深い症状だと日頃思っています。という訳ですべてを記すと膨大な内容量になりますので、ここでは私がむくみの診療中に考えている頭の中身に沿ってなるべく簡潔に述べたいと思います。

I. 見逃してはいけない内科的疾患
 むくみをきたす疾患を教科書で調べるとおもな分類だけで20以上あります。むくみに限らず診察の基本は問診と身体所見であり、そこで絞られ想定される疾患を鑑別するためにあくまで次の段階として血液検査などの諸検査があります。何も考えずに「取りあえず検査」というのは基本的にあってはなりません。そのことは百も承知のうえで、むくみの診療では血液尿検査をすることが多くあります。というのもむくみの原因として見逃してはいけない重要な内科的疾患が1回の検査である程度鑑別できるからです。具体的には、心不全、肝硬変、腎臓疾患(腎不全、ネフローゼ症候群など)、甲状腺疾患(機能亢進症および低下症)などがあり、逆にこれらの疾患が否定できれば他の原因を考えることができます。


II. 重要な内科的疾患を見逃さないためのむくみの三原則
 Iで挙げた疾患にはほとんどの場合むくみ以外の症状を伴いますが、むくみに関しては以下に示す共通の原則的特徴があります。これらの特徴がある場合は速やかに受診する必要があります。
(1) 両側性(全身性)である:片側性(局所性)ではない
(2) 1日中むくんでいる:朝はましで夕方の方がひどいということは少ない
(3) 押せば引っ込む(圧痕あり):とくに10秒以上圧迫で回復するまでに40秒
以上かかる
*甲状腺疾患では圧痕がないこともある


III. 重要な内科的疾患のむくみ以外の症状
 ・心不全:労作時動悸/息切れ、夜間呼吸困難、食欲低下など
 ・腎不全:高血圧や糖尿病の既往、血圧上昇など
 ・肝硬変:アルコール多飲、肝炎既往など
 ・甲状腺機能亢進症:動悸、食欲亢進、イライラ、発汗過多、暑がりなど
 ・甲状腺機能低下症:倦怠感、食欲低下、便秘、寒がりなど


IV. むくみの三原則を満たさないときには何を考えるか
1. 片側性(局所性)のむくみ
(1) 静脈還流不全
片側の下肢におこるむくみで重要なものに深部静脈血栓症があります。これは下肢の静脈に血栓ができて、下肢の静脈が心臓に戻ろうとする血液の流れ(これを「静脈還流」といいます)が悪くなるために起こります(=静脈還流不全)。血栓を溶かす薬で治療可能です。ロングフライト症候群(以前はエコノミークラス症候群と呼ばれていましたがファーストクラスでも起こります)や災害の際に長時間車内で寝起きする場合、術後、長期の臥床、避妊薬の服用、遺伝的体質など様々な原因で起こります。ときに下肢にできた血栓が肺動脈に詰まることで肺血栓塞栓症が発症し、突然死を起こすことがあります。
その他に、例えば骨盤内の悪性腫瘍が静脈還流不全の原因になることもあり、いずれも診断にはエコーが有用です。
(2) 蜂窩織炎(ほうかしきえん)
細菌感染による皮膚感染症で、局所の発赤、痛みを伴いますが、初期にはむくみだけのことがあり、深部静脈血栓症との鑑別が難しいこともあります。痛みや発熱の程度が強い場合は、皮膚周囲組織が腐る(=壊死)壊死性筋膜炎という恐ろしい病気(死亡率30%)を考える必要があります。
(3) その他
肺がんや縦隔腫瘍などにより上半身の静脈から心臓への静脈還流が障害されるために、片側の上肢、顔面がむくむ上大静脈症候群という病気があります。また、アレルギー関連疾患でまぶた、口唇、四肢などに限局性のむくみが生じることがあります。
このように片側のむくみには見逃してはいけない疾患が含まれており、その診療にはとくに緊張を強いられます。

2. 朝はましになっている
 下肢の静脈が心臓に戻るとき(=静脈還流)に立位では血液が重力に逆らって上向きに流れるため、血液が下に落ちないように静脈に弁があり逆流を防いでいます。しかし加齢に伴いこの弁の働きが悪くなるために、座ったりあるいは立っている時間が長いと両側の下肢がむくんできます。寝ている間は下肢から心臓に戻る静脈還流は重力の影響を受けませんから血液は戻りやすくなり、朝になるとむくみは改善されます。また、筋力の低下や運動不足も静脈還流を障害することから一層むくみを悪化させます。当院におけるむくみの原因として最も多いものです。とくに夏場は水分をたくさん摂る割に、暑くて運動をしないためにむくみを訴える患者さんが増加します。対策は、運動して下肢を動かすこと、動けないときはなるべく足を挙げること、塩分を控えること、弾性ストッキングというきつめの靴下を履くことです。むくみが進むと足の甲まで腫れてくるので、足首から上のものではなく必ず靴下タイプのものにしてください。
 ちなみに解剖学的な問題で左下肢の方がむくみやすくなっており、「左足がむくんでいます」と言って来られてもよく見ると右足もむくんでいることはしばしば経験します。

3. 圧痕が数秒以内に回復するあるいは圧痕がない
 圧痕がすぐに回復するものに、蛋白の一種であるアルブミンの血中濃度が低い低アルブミン血症があます。長期の下痢や低栄養、癌による消耗、ネフローゼ症候群などが原因となり、全身性に起こります。
圧痕がないむくみは、リンパ浮腫や甲状腺疾患で起こります。リンパ浮腫の最も多い原因は悪性腫瘍のリンパ節郭清(かくせい)術後に生じるもので、術後何年も経ってから発症する場合も少なくありません。


V. その他
1.薬剤性
全身症状のない両下腿のむくみの場合はお薬が原因になっていないかを考えないといけません。その中でも、カルシウム拮抗薬(アムロジン、アダラートなど)、消炎鎮痛剤(ロキソニン、ボルタレンなど)、ステロイド薬、漢方に含まれる甘草は重要です。消炎鎮痛剤内服者の5%、カルシウム拮抗薬内服者の最大50%でむくみが生じるとされています。

2.利尿薬について
「むくみ」というと安易に利尿薬を処方されることがあり、また患者さんの方から希望される場合もあります。これまで述べてきたように、むくみはまず原因検索が重要です。原因が明らかでないままに不必要な利尿薬を長期に使用すると、ホルモンの影響により却ってむくみが悪くなることもありますので注意が必要です。